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2003年、静岡でのプレイバックシアター世界大会。
フィリピンの地でプレイバックを知ったばかりの私には
実に魅力的なイベントでした。
はやる心を押さえながらも、私は日本に向かう準備をしていました。
ところがその時、祖父が血相を変えて私の前に立ちはだかったのです。
「あんな極悪非道な日本人の所になど絶対行くな。」
祖父は私を怒鳴りつけました。
常にも増して、反日感情を顕にしたのです。
日本の兵士が第二次世界大戦中アジアにもたらした恐怖と不幸。
祖父は日本による占領、大規模な殺害、拷問を経験した世代でした。
予測していたことでしたし、祖父の言葉にも共感できました。
ただ、私は、どうしてもプレイバックシアターの世界大会に参加したかった。
日本人に対する偏見や憎悪を超えてなお、
私は、プレイバックシアターを学びたかったのです。
しかしながら、
私の前には次々と大きな障害が押し寄せてきました。
まず、出国手続きに手間どり、予定していた飛行機に乗れませんでした。
それから、東京駅に着いた時、
静岡行きの新幹線最終便に乗り遅れたことがわかりました。
その上、駅のどこかにすべての財産と情報が入っているバッグを
置き忘れてしまいました。
私の受難はこれでもかと言わんばかりにその手をゆるめなかったのです。
言葉は通じない。
右も左もわからない異国地。
刻々と夜は更けていく・・・・
そんな私の前に「天使」が次々と現れ、私を導いてくれました。
新幹線は出てしまったけれど、
鈍行があることを親切に教えてくれた駅員。
私が置き忘れたバッグを抱え、落とし主を探してくれていた通りすがりの人。
やっと着いた静岡では真夜中にもかかわらず
私のために会場ロビーで待っていてくれた大会主催者。
日本に着いてからのほんの数時間で、
私は、祖父がいかに間違っていたかを思い知りました。
私は、自分自身の心と体で本当の日本人を感じました。
アジア諸国の人々が戦後数十年恨み続けていた日本人。
でも、出会った数人の天使たちが、
親切で、思いやりがあり、優しい人々であることを教えてくれました。
大会期間中、静岡の地で数日過ごしている間も、
私はこの体験を語りたい衝動に駆られました。
けれども、日本への偏見を含んだストーリーを
大勢の日本人の前で語る勇気がありませんでした。
あれから2年の歳月がたち、
今、ここシンガポールで再びアジア諸国の仲間と一緒にプレイバックをしています。
手をつなげるすぐそばに、あの時の日本の仲間が一緒にいます。
やっと私は、あの時のストーリーを語れるのです。
祖父の偏見を私の体験で塗り替えた
かけがえのない感動を語ることができるのです。
※このストーリーは、実際に語られたストーリーを元に書かれておりますが、
語った方のプライバシー保護のため、実際とは異なる部分もございます。
また、ご本人のご好意のもと、掲載しております。
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