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かつて私は、一匹の猫と暮らしていました。
一人暮らしの私にとって、
彼女はたったひとりのルームメイトであり、家族でした。
つややかで真っ黒な毛並みの
まるで、オードリー・ヘプバーンのように、
気品のただよう猫だったので、
そのままオードリーと名付けました。
オードリーと暮らし始めて何年かたったある日のことでした。
きれいな輝きを放っていた毛の様子が少しおかしいのです。
嫌な予感を感じながらも、獣医師である私はすぐに検査しました。
するとなんということでしょう、癌だったのです。
私は自分が彼女の主治医として
治療に取り組むことに心を決めました。
私には幾度となく同じ病で苦しむ猫たちと戦ってきた経験もあったし、
自分が彼女にとって一番良い治療ができるはずだという確信もありました。
でも、目の前にはいつも、
抗がん剤の苦しさ、注射の痛みにもだえるオードリーがいました。
世界一の愛くるしい表情をどこかに捨ててきたオードリーがいました。
穏やかに暮らしてきた日々さえ忘れてしまったオードリーがいました。
自分のやっている治療が、本当にオードリーにとって
良いことなのだろうか?
苦しみしか残っていないオードリーを目の当たりにして
私はこの疑問をかき消すことができませんでした。
ついに、オードリーは息をひきとりました。
とても穏やかできれいな顔をしていました。
もう、痛くない。
もう、辛くない。
幸せな顔に帰っていました。
再び私の生活は一人きりになりました。
でも、以前と違っていたのは、
家に帰るといつでも彼女の気配があったことです。
いくら呼んでも彼女は決して現れないけれど、
確かに彼女はここにいるような気がしました。
そんなある日のことでした。
ふと立ち寄ったコンビニから出た時、
真っ黒な猫がすわっているのが目に入ってきたのです。
「オードリー?」
私は思わず口にだして聞きました。
それぐらい、その猫はオードリーにそっくりでした。
すると彼女はしっぽを振って返してきました。
オードリーなの?
本当にオードリーなのかしら?
「もしもあなたがオードリーなら、車に乗って」
私はそういって自分の車のドアをあけました。
すると、なんと彼女はスルリと入ってきたのです。
今私は再び、真っ黒な猫と暮らしています。
赤ちゃんのように自分の手をよくなめるので「べべ」と名づけました。
でも、私には、彼女がオードリーの生まれ変わりのような気がしてなりません。
べべには彼女自身の人格(ニャン格?)があり、
彼女特有の魅力をもっていることもちゃんと分かっているのですが。
もしかするとべべは、天国のオードリーが遣わした使者なのかもしれません。
※このストーリーは、実際に語られたストーリーを元に書かれておりますが、
語った方のプライバシー保護のため、実際とは異なる部分もございます。
また、ご本人のご好意のもと、掲載しております。
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