|
30年ほど前のお話です。
母が病気に倒れ、入院生活をすることになりました。
私は当時自分が住んでいた静岡から、
時間を作ってはせっせと母の元へと通いました。
静岡と大阪の距離は、頻繁に通うには遠すぎましたが、
病気の母のことを思うと、そんなことは小さな問題でした。
30分でも1時間でもいい、
出来る限り多くの時間を、母と一緒にすごしてあげたいと思っていました。
私には兄、妹、そして年の離れた弟がいます。
まだ若い弟は、自分自身のことに忙しいのか、
お見舞いもときどき思い出したかのように来るだけでした。
けれど、たまに現れた息子を見る母の目はきらきらと輝き、
顔中ほほえみがこぼれ、とても嬉しそうです。
私はそれをみるにつけ、心の中にモヤモヤとしたものを
感じずにはいられませんでした。
「私の方がこんなに母の近くにいるのに・・・」
「弟は思い出したかようにしか現れないのに・・・」
「同じこどもなのに、どうして?」
誰に言うでもない気持ち、言葉にするべき感情とも違う
そんな説明のつかないもどかしさは、私の心にとどめをさすこともなく
じわじわとわき上がる灰色の雲となって、全身に広がっていきました。
こうして消化不良のまま、30年という年月が流れました。
今、私には一人の息子と、一人の娘がいます。
息子は海外へ転勤となり、遠く離れたところへ行こうとしています。
一方娘は私のそばにいます。
ところが、いつしか私は、離れたところにいる息子のことばかりを
考えている自分に気づきました。
娘のことは、ときどき気にするだけだというのに・・・。
まさにあの時の母と同じ姿なのです。
息子と娘、どちらも私の子だということに違いはありません。
二人がどこにいても、どんな状況になっても
胸を張って、かけがえのない最愛の子どもたちだと言えます。
けれど、なぜ私は息子のことばかりを考えてしまうの?
この愛情の種類の違いは何なのでしょう?
30年前のモヤモヤは依然心の中に住んではいます。
でも今、なぜなのかわからないのですが、
母の気持ちが、理解できるような気がしています。
※このストーリーは、実際に語られたストーリーを元に書かれておりますが、
語った方のプライバシー保護のため、実際とは異なる部分もございます。
また、ご本人のご好意のもと、掲載しております。
|