プレイバッカーズは、プレイバックシアターを上演する劇団です。
topics 自主公演Vol.16は、無事終了しました!! ありがとうございました。
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●1998年12月5・6日【日本心理劇学会第4大会】発表論文集

1998年12月5・6日
【日本心理劇学会第4大会】 発表論文集



プレイバックシアターとサイコドラマ
両者の関係は「いとこ」である
ジョナサン・フォックス
櫻井靖史(プレイバッカーズ)
宗像佳代 (school of playback theatre 日本校)
 
はじめに
 ジョナサン・フォックスは卓越したサイコドラマティストである。かつては、サイコドラマで生計を立て、アメリカサイコドラマ界での中心的存在であった。その当時には、J.L.モレノの著作(*1)をまとめる責任者として選ばれたし、モレノ百年祭の企画実行者にもなった。また、ザーカ・モレノとは縁戚関係にあり、現在に至るまで厚い親交を保っている。
 以上のようなジョナサンの経歴から、プレイバックシアターは、サイコドラマの手法の一つであると誤解されがちである。ジョナサンは、この両者の関係を『「親子」ではなく、「いとこ」である』と表現し、また誤解をとくための文章(*2)をアメリカのサイコドラマ界に公表もした。以下にその概略を述べる。 プレイバックシアターの源流となるジョナサンの体験は、演劇、口承文化、ネパールでの2年間の生活、ソーシャルサービス、そしてサイコドラマ、などである。サイコドラマを推進するうちにプレイバックシアターを思いついたというより、即興演劇としてのプレイバックシアターを深めていく経緯の中でサイコドラマの要素を組み入れた、という表現が正しい。
 つまり、一見似通っているプレイバックシアターとサイコドラマの間には、実は本質的な違いがある。ジョナサンは、プレイバックシアターとサイコドラマとの相違点として以下の4点を挙げている。
 
1. プレイバックシアターは芸術性を追う古典芸能を起源とし、より右脳的である。
 ストーリーごとのシェアリングはなく、ストーリーは次々と演じられる。つまり、言語によるシェアリングに代わるものとして、ストーリーを通してのメタファーによる対話がなされる。そして、この非直接的対話には無意識のレベルでのシェアリングが重なり合うように発生する。
 
2. プレイバックシアターの演技は短い。
 ひとつのストーリーは、せいぜい10分か15分で終わる。また、動く彫刻、ペアーズなどに至っては、一人のために割く時間が数分である。その結果、1時間半の公演枠で十数人もの人が語った内容をプレイバックすることになるのだが、短いストーリーを続けて演じていくと、それらのストーリーが無意識レベルで連動してくる。ということは、一つひとつのストーリーは、演じ終えた瞬間、ある意味で未完であり、公演やワークショップの全体が終わった時に、それぞれのストーリーの深い意味が鮮明に浮き上がってくる。まるで各々のストーリーが独立しながらもひとつの小説の各章をなしているかのごとく。
 
3. プレイバックシアターでは、アクターの裁量範囲が大きい。
 「見てみましょう」の言葉の後、アクター達は何の打ち合わせも相談もなく演じ始める。そして、そのアクターにコンダクターは、全てを委ねる。コンダクターが演技中に口出しや介入をするのは、よほどの緊急事態のみである。テラーも最後まで黙って見ているように勧められるので、演技はアクターとミュージシャンに全権委任される。この前提として、任される側には、傾聴スキルと即興表現力が要求される。
 このように、プレイバックシアターは、ある特定のリーダーの指示によって進められるものではなく、チームワークによる即興演劇なのである。
 
4. プレイバックシアターは利他主義である。
 ジョナサンがプレイバックシアターについて著わしたのは“Acts of Service”(*3)というタイトルの本である。そして、彼の人柄やその哲学には、限りない他人への愛や、人々の幸福を願う思想が窺える。プレイバックシアターという手法にも、その価値観が影響しており、アクターはテラーのために、テラーが見たいと望んでいるものだけを大切に演じる。また、プレイバックシアターの公演は、ある数人のテラーとなる人達のためだけの催しではなく、そこに集まった人々すべての幸せを願うものである。コンダクターもアクターもグループ全体や社会全体を意識しながらそれぞれの個人的体験を再現していく。そんな背景もあって、プレイバックシアターでのストーリーは、人生全般を扱う。つまり、ストーリーは必ずしも問題を含むものではなく、時には、面白おかしい話や、歓喜の劇であったりもする。
 
おわりに
 この20年余りの年月のうちにプレイバックシアターは世界中に普及し、各国の治療分野、教育界、組織や企業、あるいは地域のイベントの場へと広がった。それに伴いジョナサンは1993年にニューヨークに school of playback theatre を開校して教育体系を整えた。さらに、98年には日本校を開校し、正式な卒業証書を日本で得られることなった。
 プレイバックシアターはジョナサン自身の様々な体験を基盤としているだけに、それを継承していくリーダーには幅広い知識の習得や経験が要求される。スクールのカリキュラムには、プレイバックシアターという複雑な手法を扱うならば最低限これだけのことを学んで欲しい、というジョナサンの思いがこめられている。さらに、もしサイコドラマティストが「サイコドラマ」ではなく「プレイバックシアター」をするのであれば、彼らがプレイバックシアターのトレーニングを経てからでないと失敗をするリスクを伴う、最悪の場合は危害を及ぼす、とジョナサンは述べている。
 プレイバックシアターの円とサイコドラマの円は、重なり合う部分を持ちながら、それぞれが相手には無い領域を持つ。そんな両者がお互いの共通点と相違点を知った上で、良い影響を与えあい、互いの発展に貢献できれば理想的である。
 
参考文献
1,Fox,J('87) The Essential Moreno.
Springer Publishing, ISBN:0 8261-5820-X
2,Fox,J(Oct.21,96 & Aug.12,98)
Letters to colleagues
3,Fox,J('94), Acts of Service,
Tusitala Publishing,ISBN:0-9642350-0-5
3,Salas,J,Improvising Real LIfe,
Kendall/Hunt Publishing Co.
ISBN:0-8403-8915-9
問合せ先
プレイバッカーズ代表 宗像佳代
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