DOA通信 〜感じたことを感じたままに〜 より全文掲載

「特集企画  隣は何を Vol.3」 (2004.2.24up)
2002/11/29(金) Vol.3

 さて、今回の「隣は何を」では、プレイバッカーズ代表のかよさんこと、宗像佳代さんにお話をうかがいました。年間約30公演というハードなスケジュールをこなしつつ、スクール・オブ・プレイバックシアター日本校の運営、来年開催されるIPTN世界大会の準備と、多忙な日々を送るかよさん。そのエネルギーの源はどこにあるのでしょう。秘密を探りました。
●こういうプレイバックがあったんだ!
 初めてジョナサン・フォックスのワークショップを通じてプレイバックに触れたのが1992年。そもそもジョナサンはパフォーマンス自体を日本で紹介しなかったから、その当時はPT=ワークショップで、パフォーマンスなんて見たこともなかったし、存在自体を知らなかったのね。それが、93年の7月にアメリカのスクールに行ったときに、初めてジョーに連れられて、パフォーマンスを見に行ったんです。そのときに、こんなプレイバックがあったんだ、ワークショップと全然違う! と衝撃を受けたの。
 そこは情緒障害児の施設で、それこそ親が殺人を犯したとか、いろいろな理由で親と暮らせない子供たちが生活している場所だった。そこでジョーが毎月一回行っているパフォーマンスに、同行させてもらったんだけど、子供たちからは、怪我をして救急車で運ばれた話だとか、本人が知っているはずのない、おそらくまわりの人に聞かされたのであろう、自分の生まれたときの話だとか、いろんなストーリーが出てきた。そんなパフォーマンス形式のプレイバックを見て、プレイバックにこういう可能性があるんだと、そのインパクトのすごさに驚き、すごく感動したの。それでも、いつか自分がこういうことをやるという発想は、微塵もなかったかもしれない。
 その後94年に、自分のグループ(現プレイバッカーズ)を作ったわけだけど、まだまだワークショップ中心で、パフォーマンスなんて、やろうと思ってもできるような状況じゃなかった。第一、人が育っていないから、とても見せられないし、パフォーマンスをやりたい、やってほしい、という動きもない。でも、96年頃からかな、グループの中で、徐々に定着してきたメンバーが10人くらいいて、もしかしたらそろそろできるかもしれないという兆しが見え始めたんです。まあ、そのメンバーの間でも、パフォーマンスに対する考えには温度差があったから、だましだましまとめていった、というのが正直なところだけれど。

●パフォーマンスの魅力
 やっぱりワークショップと違って、深くて深刻なストーリーは、そうそう出てこない。でも、劇場ってとてもドラマチックでしょう。ステージがあって、ライトが当たって、テンションが上がって、まさに『晴れ』そのもの。それに、土地柄や、集まってくる人たちによって、ほんとにいろいろなストーリーが出てくる。そういう場でしか味わえない楽しさがある。
 そしてステージに立つと、ステージに立った味、というのがあるんです。ワークショップと全然違う高揚感が味わえる。で、もう一度立ちたい、と思う。その繰り返し。やればやるほどパフォーマンスの魅力にはまっていくんです。
 それから、これは私がなぜPTをしているか、ということにも関わってくるんだけど、とにかく多くの人にPTを知ってもらいたいのね。だから『告知する』という意味では、やっぱりパフォーマンスが一番だと思う。ワークショップだと人数も限られるし、時間だって、少なくとも半日はかけなくちゃならない。でもパフォーマンスなら、短時間で多くの人に、それこそ100人、200人の人に伝えることができる。そうやって、最終的にPTを楽しむ人口がどんどん増えたら、というのが私の願いなんです。

●ジョナサンのスピーチに込められたメッセージ
 でも私も、最初からこんなふうに、PTを広めたい、社会のために役立てたい、なんて思っていたわけじゃなかった。最初はやっぱり、主に自分のためにやっていたし、それで充分だったんです。それが、PTを広めたいと本気で思うようになったのは、スクール・オブ・プレイバックシアターの卒業式で、ジョナサンのスピーチを聴いてから。
 私が卒業したのは95年で、そのときは9人の卒業生がいました。で、卒業式の席でジョナサンがこんなようなことを言ったのね。英語だったから、あまり正確には覚えてないんだけれど(笑)。「あなたたちは世界中からここに集まってきて、こんなに不確かなものに飛び込んでくれた。本当にありがとう。この学校を卒業したからといって、何かが約束されているわけでもない、将来もまったく不確かなものなのに。これから自分の国に帰って、今度は自分のためだけでなく、他の人のために、PTをやっていってください。そしていびつになったこの世界を修復するために(repair the world)PTを広めてください」と。そのとき、「ああ、この人はそこまでの思いがあって、私たちに教えてくれていたんだ」と心を打たれたの。ジョナサンって、普段はあまり大上段に、そういうことを言ったりしない人だけれど、そのときには、彼の本心がかいま見えた気がした。

●気がつけば年間30公演
 思えば偶然なんだけれど、パフォーマンス・グループを作って、パフォーマンスをやろうと思い始めた頃、ちょうどホームページを見た人から、「公演に来てほしい」と依頼が舞い込んだんです。なんでも「社会性と演劇でインターネットを探したら、ここに行き着いた」ということで、演劇で社会に何かを訴えるには、脚本のない即興劇という形式でのプレイバックシアターが打ってつけなのではないかと思ったそうなんです。まさに、ジョナサンが社会に提供したいと思っていたものと、日本のどこかでそれを必要とし、探していた人たちとがクロスした、ということなんでしょうね。
 それをきっかけに、次々と紹介が舞い込んで、いわゆる「お呼ばれ公演」というものが増えていったんです。だから特別頑張って販売促進をしたわけではないのね。少しずつ自然な流れで、今の形になったという感じ。決して今現在の形を最初から思い描いていたわけではないんです。

●仲間同士の呼吸を大切に
 練習と言っても、たぶん他のグループの練習方法と同じで、特別変わったことをしているわけではないと思う。ただ気をつけているのは、メンバー一人一人の心の状態がいい状態で、みんなの息が合っているか、というのが大前提だということ。そういう状態を作り出すことに、なるべく時間を費やしています。
 でもこれは体験的にわかったことで、最初はどうしてもテクニックやスキルにとらわれがちだった。やっぱり公演まであと一週間、となると、みんなマジになるし、ぴりぴりしてきてしまうのね。そうなると、「ハロー」から始めて、ちゃんと手順を踏んで、というのがどうしても煩わしくなる。でも、それをおざなりにすると、お互いどんどんクリティカルになって、「その立ち位置はどうの」「そこはちょっと変だ」と始まり、殺伐とした雰囲気になってしまう。それでは元も子もない。そんな失敗を何度も繰り返して、学習したんです。
 だから今は、まず何よりも仲間意識を大切にしているし、久しぶりに会うメンバーが多いようなときは、「今日はストーリーだけやってようよ」なんてこともあるんですよ。

●思う存分アクターをやるぞ!
 ここ一、二年で、ずいぶん人が育ってきて、前はレベルにでこぼこがあったのが、かなり粒もそろってきたなと思っています。私の都合がつかなくても、安心して私抜きで公演を任せられるようになりました。私がコンダクターをやる回数もどんどん減ってきている。だからこれからは、もっともっと気楽にアクターとして楽しみたい。そして、より自由に活動の場を広げていきたいと思っています。
 来年にはIPTNの世界大会もひかえてます。世界にはいろいろなPTがあって、たくさんのすばらしいパフォーマーたちがいる。エクササイズのメニューもたくさんある。普段はそれをなかなか見られないけど、日本で行われる世界大会なら、存分に見るいいチャンスだと思うのね。日本のPTにとって、とてもいい栄養になると思う。逆に世界の人たちにも日本のPTを知ってもらういい機会なので、ぜひ成功させたいと思っています。
(聞き書き 戸田早紀)


宗像佳代さんのプロフィール
1992年、教育研修技法の新しい可能性としてPTに出会う。翌1993年よりニューヨーク校に入学し、1995年、日本人第一号生として同校を卒業。1994年、仲間と共にプレイバッカーズ創設。現代表。日本各地で、社会貢献を意識した公演活動を行っている。1998年には、ジョナサン・フォックスとともにスクール・オブ・プレイバックシアター日本校を創立し、同校代表として企画、運営、指導に携わっている。



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