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「悲しみから出発した成長」
十数年前のこと。ある部下の指導に関わっていた。彼の仕事が成功するように必死であれこれ手を尽くした。その結果、彼はある大会で優勝した。私は、自分と彼がやってきたことが実を結んだ喜びを感じながら彼に声をかけた。すると、彼の返事は予想外のものだった。「あなたに言われたことをやっただけですから」愕然とした。自分がやってきたことは自分のエゴで、彼にとっては苦痛でこそあれ、何の達成感ももたらしていないとその時初めてわかったのだ。この事実に私は、ただただ悲しかった。その後、何年もの間、どのように人を導いていくかについて様々な勉強を重ね、あの頃より自分も成長したと思う。未来の自分は今の自分を見て、「今のままでいいよ」と言ってくれるだろう。 |
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「体のメッセージ」
私はいつも他人のことばかりを考えて行動し、自分自身のことを省みない生活をしていた。ある時、心筋梗塞になった。一命はとりとめたが、入院生活を余儀なくされた。そんな状態になりながらも見舞いに来る人のことをあれこれ考えて、毎日いそいそと過ごしていた。見舞いに来たある友人が、私を見かねて説教をした。「こんなふうに、あなたの体がこの生活は無理だって教えてくれたんじゃないですか。もっと自分のことを大事にしなさい!」それから私は、自分自身のことを大切に思い、丁寧に扱うようになった。そして今は、この体験を広めていくことが自分の役割だと思っている。 |
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「決別の後で」
私は長いこと演劇の世界で過ごしてきた。昨年の夏、かなり大きな作品で主役を、という話が舞い込んできた。これまでの努力が報われた喜びでいっぱいだった。しかし、いざ稽古が始まると、プレッシャーからか声が出なくなり、身体が動かず立てなくなるということが続いた。「本番はきっと、できるはず」そう思っても、そんなことは通用しなかった。できない自分に涙がでた。そして「泣いてるぐらいなら、まだまだ余裕があるはずだ!」と罵倒され、ますます私は追い込まれた。周りの人も信用できなくなった。結局私は、主役から降ろされ、別の小さな役をやることになった。その苦しい日々の後、私は演劇の世界を去った。しかし、今日の舞台を観て、私はこれをやりたくてやっていたんだという思いをまた感じることができた。 |
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「取り戻した絆」
数年前、夫と離婚を前提に別居していた。私は起業をして忙しいながらも、自分の仕事にやりがいを感じる毎日だった。しかし、あるとき交通事故にあい、一時的な記憶障害になった。認知症になったかのように「今日は何月何日?」と何度も聞き、部下に同じことで何回も電話をすることが続いていた。そんな私に、夫はずっとついてくれていた。私の親類には「何があっても自分が最後まで面倒みるから」と言ってくれていたらしい。私の病状は次第に良くなった。そして、私と夫の間には暖かい気持ちが戻り、絆が深まった。このまま助け合いながら進んでいけば良い、そう思っている。 |