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「昔は大変だった」 |
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仕事から帰ると妻が倒れていて意識不明だった。突然、始まった妻の介護は大変だった。家族で話し合い、昼間は仕事をやめた息子が、夜は勤務を終えて帰った私が世話をした。当時は、介護をしている家族への公的な支援制度も整っておらず、入浴介助を頼むにしても、ちょっとした支援を頼むにも膨大な費用がかかった。今は、なにかと制度も整い楽になった。 |
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「こわれていく夫」 |
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夫はパーキンソン病で、施設への入退所を繰り返していた。妻の私が訪問しても「あっちの世界」に行っていることが多くなった。スタッフによると、私が訪問すると何かが刺激されるらしく、ますます「あっちの世界」での行動が増えるとのことだった。私が訪問すると具合が悪くなるのなら、と訪問を控えざるをえなかった。そんな折、施設の夏祭りで、夫が太鼓をたたくことになった。そこには以前と変わらず威勢よく太鼓をたたく夫の姿があった。
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「もうたくさんと言われて」 |
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嫁として姑の介護を一手に引き受けていた。娘の出産と姑の介護が重なり、両方の世話をするのが大変なこともあった。ある時、親戚の行事で地方に出かけることになり、夫の妹に母の介護を頼んで出かけた。帰ってくるなり妹から出た言葉は、下の世話に辟易して「もう、たくさん!!」だった。娘である彼女が「もうたくさん」と言うようなことを嫁の私がしているのか、と愕然とした。
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「ペースメーカーも4台目」 |
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帰宅すると夫が外柱にしがみついていた。心臓発作を起こし必死で助けを待っていたのだ。以来、ペースメーカーによって命をつないでいる。思えば、夫との二人三脚も十数年。ペースメーカーも取替えること4台目だ。なんとか連れ添っているが、夫が心配で気の休まる暇もない日々である。
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夫からのコメント・・・感涙。言葉が出ないほど感謝している。
(動く彫刻) |
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「どこまで行ったやら」 |
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夫が突然の事故で脳挫傷に陥った。なんとか命だけはとりとめたものの、脳の障害は避けられず、意識が正常でなかったり、徘徊を繰り返したりしている。先日も出て行ったきり帰って来ないので、あちらこちら捜し、最後は警察にまで相談した。発見されたのは座間であった。なんとも遠くまで歩いて行ったものである。知らない人の家にあがりこんでいる状態で連絡を受けたのだった。 |