●男女共同参画社会におけるプレイバックシアター

男女共同参画週間記念イベント公演
「さあはじめよう! みんなが輝くまちをめざして」

主催:松戸市・松戸市教育委員会
日時:平成17年7月2日 13:30〜15:00
場所:松戸市民劇場
【チラシ】

2005.7.2

松戸市での男女共同参画イベントで語られた皆様の気持ち、
ストーリーをご紹介いたします。
 
●短くコメントされたものを再現した内容
・「30歳になってまで、女が結婚もせず仕事をしていてどうする?」
自分の仕事に生きがいを感じる私に対する周囲の声に、どうして女だからといってそう言われるのか、不思議な思いであった。

・兄と弟に挟まれた3人兄弟。女の子だからという理由で私だけが家事をさせられた。兄と弟は遊んでいても私だけが働いていて理不尽だと思った。
・私の名前は、一見男の子の名前にも見える。私は学校の代表として選ばれていたのに、直前に降ろされた。先生は、私の名前を見て男と思い込んでいたらしいのだが、名前を読み上げて返事をした私が女であったことで驚き、女を代表にするわけにはいかない、と急遽その場で降板になった。とても悲しかった。
●体験として語られ再現劇とした内容
・高校二年の私は、「幼稚園の先生になりたい。そのために大学に行きたい」そう切に願った。地域性もあり、私のより上の兄弟姉妹達は誰も大学に進学していなかったが、私は自分の夢のため、そして友人の多くと共に進学を目指すため、大学へ行くことについて母に相談した。
「もし、男の子だったらなんとしてでも進学させるけれども。」
結局、私を進学させることは無理、という母の答えであった。そして、娘の夢を叶えてやれない母の辛さを訴えられた。諦めたものの、あの時の無念さが今も思い出される。

・私が働いていた職場は、生産性を追求する厳しい職場だった。
その頃の私の上司は「きれる」人、頭がよく仕事のできるタイプで、部下である私への期待値も高かった。男ならできて当然だ、というように要求された。しかし私には、そういった男の競争社会で要求されることを効率よくこなせる技量はなかった。残業につぐ残業、休日出勤、徹夜が続いた。「男だから」そこで生きぬいていく強さ、それを要求されているような辛い日々だった。
・母は厳しい姑のもとで辛い日々を送っていた。私を身ごもっている間にも、掃除、選択、炊事と大家族の世話に明け暮れ、それが理由なのか、お腹がいつまでも大きくならなかったという。戦時中の食料難で姑だけに白いご飯を食べさせ、母も私も芋ばかりだった。母の仕事を手伝いながら私は、母が気の毒でならなかった。姑が母に最後を看取られた時、母への感謝の気持ちを語った。私は、それが2人の関係の和解なのだと安堵していた。しかし母は、姑と同じ墓に入ることを頑なに拒み、別の墓を立てると言い張った。そこまで辛いものだったのだろうか。私には、母の気持ちを心底理解することはできない。
・大きな仕事がひと段落し、仕事のチームで打ち上げに出かけた。 
充実した気持ちの私たちの時間が流れるのは早く、二次会へと出かけることになった。店に入ったところで、見ず知らずの男性に「女がなんでこんなところに居るんだ!さっさと帰って家事をちゃんとやれ!」と怒鳴られた。私は、それを聞き腹立たしさでいっぱいになった。一緒にいた仲間も、きっと同じ気持ちだっただろう。いつの間にか、その人は居なくなっていたが、私の心にある怒りは消えなかった。
●観客のアンケートから
・初めてでしたが、21世紀の新しい演劇だと思いました。

・面白い試みだと思った。これをきっかけに色々考えることができればと思う。あまり声高に男女対等を言わないので、却って身近に感じた。
・ストーリーを男女共同参画の視点でしっかりまとめてくれてよかった。泣いたり、笑ったりしました。楽しい企画をありがとう。
・その場の即興で、語った人の言葉を理解して(演劇として)人々に伝えていくというのはすばらしいことですね。
・初めて見るプレイバックシアターでしたが、色々な体験や心の中を表現し、話を聞いてすぐ演じるすばらしい劇でした。

参加者120名中、90人ほどの方が「内容について同感することが多かった、とのコメントを残されました。

問合せ先
プレイバッカーズ代表 宗像佳代
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