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東洋大学社会学部講義での公演

感想・2

 色々なパターンの劇があるに違いない。それを即興で表現していく手法に困難さと非常に訓練されているなと感じる。しかも切れ端の状況を再現していく能力は素晴らしいしかなり知的でないとできないとも感じた。しかしいい薬には副作用もあるように、この手法もかなりの問題点を抱えている。それは受けての気持ちが再現されてしまうことで、自分自身が思い出して苦しくなってしまうことや、感受性が強い人の感情を強く揺さぶってしまうことなのだ。これが目的だとしても、使い方を間違えるとより深く傷つく可能性もある。劇を通して場面での自分のことを客観的に見れることができるのは収穫だが、気持ちが揺さぶられるので参加者には注意が必要だろう。
 それでも私が出会った中で久々に刺激になった演劇だった。演劇のケアーと言うことに対しての強さを感じたし、有効性も感じた。苦しい場面や楽しい場面は大体人間関係が主体となって行われる。その場面が再現されることで、その場面での自分も見れるし、気持ちを見れることができる。その客観性を高める上でもストレスをとりさるうえでも有効だと感じた。ぜひ続けていって欲しいし、そのことで感じる人が増えてくれれば面白いと思うのである。


 2001年12月7日、非常に広い「福祉」(福祉活動)という分野において授業とは異なる福祉の在り方や活動を知ってもらうことを目的とし、東洋大学社会学部の老人福祉論の授業として即興演劇団による「プレイバックシアター」が演じられた。テーマに対し一瞬にしてイメージを膨らませ、そしてそれに数人のアクターと音楽担当が同調し、完成させるといった即興劇も大変すばらしいものであったが、わたしはその演技以上に、司会進行役(コンダクター)が、団の基本的なコンセプトとして話したなかにあったことばが福祉に携わるものとして非常に印象に残ったのでそれについて述べさせてもらいたいと思う。
   −中略−
 福祉に携わっている人々は、一般サラリーマンと比べて、友人や知人又親戚などから「偉いわね。」とか「頑張り屋さんね。」等という、どちらかというとお褒めの言葉を頂くことが多いように感じる。
 〜中略〜  確かに褒められたり、感謝されるというのは、多くのボランティアを初めて体験する人や福祉に携わる人にとって、ひとつの大きな励みにもなり、心理学的に言えば、行動を起こすための社会的動悸の大きな誘引となっているのではないだろうか。
   −中略−
 しかしながら、団のメンバー達は、「私達のこの活動は、誰かの為に何かをさせてもらっている。そして、演技をしている私達が皆さんから与えられているのです。」と語ったのである。要は、感謝や褒めてもらうことを喜びとして活動をしているのではありません。逆にメンバーが劇を見てくれた人に対し感謝をしています。というのである。感謝や褒められることを求めての福祉活動ではなく、活動により相手からパワーを与えられていると考える福祉活動。私はそこに福祉におけるひとつの重要な考え方があるように感じた。
 というのも感謝や褒められることを求めての活動では、それらが得られなかった場合、活動を停止してしまうこととなるだろうし、また、「もっと、感謝されたい。」「もっと、褒められたい。」という「もっと・・・。」という罠にはまりやすいと思われるからである。しかし、活動により相手からパワーを与えられていると考えられれば、相手の反応も気にならなければ際限のない上昇的な思考を持つこともないのである。相手の感謝等に反応する前者は受動的福祉活動であり、後者は能動的福祉活動とも言えるのではないだろうか。


 プレイバックシアターは今まで思っていた演劇とは違い、心に響く感じがしました。楽しい場面は楽しさが、嬉しい場面は嬉しさが、それぞれ見ている人をそういう気分にさせる、それはすごい事だと思いました。しかし、マイナスの感情を見せられた時は、見ている側は共感する事ができますが、その話のテラー自身の感情はどんなものだったのでしょうか。共有することによって、癒すことはできたのでしょうか。ただの慰めにはならないのでしょうか。
 私は、マイナスの感情こそ、共有したほうがいいのではないか、と思います。1人で抱え込んでいる不安や苦しみを話すことによって、少しでも解放することができる、と思ったからです。私は、プレイバックシアターの存在を今回初めて知り、体験できたことを嬉しく思います。もっと多くの人に知ってもらい、自分の感情の解放、人との感情の共有という体験をしてみて欲しいと思いました。


 現代社会は、本当の自分を出す機会というものがなく、真の自分を出すことは逆に恥ずかしく、隠す社会になってしまっている。しかし、誰もがそんな社会を心地良くなどと思ってはいないと思う。だからこそ、今回のようなプレイバックシアターを観て、心地良いとか感動したなどといったようにみな引き込まれていったんだろうと思う。プレイバックシアターのように自分自身の感情を素直に出していく事が現代の私達の理想のようにも感じた。そしてまた、人間という生き物についてと、それと同時に私という人間についても考えさせられた授業でありました。


 プレイバックシアターを目のあたりにしたとき、私の体に寒気が走った。進行役の人が「テラーの体験談を元に、役者がそのテラーの体験時の気持ちに寄り添いアドリブで行う演劇です」とプレイバックシアターの説明をしてくれたが、その後、この「気持ちに寄り添う」という言葉が私の耳から離れなかった。この言葉が、私がプレイバックシアターを見て受けた重要なキーワードだった。なぜなら、この「気持ちに寄り添う」という行為は、社会福祉全般に共通する行為だと私は思う。例えば、介護時に、介護する側は介護される側に立って行動を起こせば、より良いサービスが行えるのではないか。また、行政側は、主権者側に立って製作を立てれば、国レベルの福祉水準は上がるのではないか。以上の二つに共通すること、それは「相手の気持ちに寄り添う」と言うことである。プレイバックシアターは福祉の観点に立った演劇と言えよう。
 もうひとつは、感情についてである。テラーから聞き出す項目の一つとして、「そのときの感情はどうでしたか?」という質問が繰り返しされていたことを記憶するが、プレイバックシアターのあのスリルさを生み出す要因として、ここがウェイトを占めているなと感じた。我々は、日常生活で客観的に人間の感情に触れることが少なくはないか。前打ち合わせのない、アドリブに沿った役者の演技から感じられるもののほとんどが、さきほどの質問に対するテラーの答えを元にした、役者の感情である。それを見た私には、強烈な悲しみしか無かった。またその悲しみが、とても自然にあふれ出てきたのだ。このプレイバックシアターを通じて、人間の感情について考えさせられた。
 以上が、私のプレイバックシアターに対する感想です。私にとっても、とても刺激となる経験となりました。ありがとうございました。


 劇をはじめる前に体験談を聞く間はわずか数分だが、演じはじめると役者はそれぞれに聞いただけの話を実際にその場で見ていたかのように自然に演じていた。一人一人が同時にしゃべったりしてしまうこともあったが、事前に打ち合わせをしたかのようにせりふのタイミングが良く、テンポも良く一つ一つの話がきれいにまとまっていた。アドリブで全員演じているというところが本当にすごいと思った。普段どうやって練習しているのか気になった。コンダクターはあくまで話を聴いただけで見たわけではないので完全にそれを再現することはできないかもしれないが、100%の力を出して役者は演技をすると話していたが見ていて全力で演じているのがとても良く伝わってきた。
 自分の体験談を演じてもらいたかったけど、何も思いつかなくて今まで人の介護や世話なんてしたことがなく人に世話になりっぱなしだなと自分について思った。人は自分の過去を再現してその時の気持ちを思い出すことも癒しになると言っていたが、よくわかるような気がした。普段劇なんて見ることはなく、ましてプレイバックという珍しい手法があることも知らなかったのでとても新鮮でいい経験になったと思う。


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