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プレイバッカーズについて |
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プレイバッカーズは、 日本のプレイバックシアターの旗手。
プレイバッカーズは、プレイバックシアターを「楽しみ・深め・広める」ことを
目的に結成された劇団です。
1996年より様々な分野において定期的に数多くのステージを実現してきました。
1999年度より現在に至るまで、年間30回前後の公演実績を記録し、
いずれも好評を得ています。 |
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宗像佳代(かよ)
東京教育大学英語英文学科専攻卒業。株式会社リクルート勤務を経て、株式会社アズを
設立。官公庁や民間企業の各研修にて講師を務める時、斬新な研修手法として
プレイバックシアターと巡り合う。1993年より スクールオブプレイバックシアター
ニューヨーク校にて研鑚を重ね、1995年に日本人第一号生として同校を卒業した。
現在、プレイバッカーズの代表、および、スクール・オブ・プレイバックシアター日本校代表。劇団活動に加えて、十文字学園女子大学、東洋大学、神戸女学院大学、民間企業、自治体市民講座などでの指導実績も多い。 |
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佐藤久美子(くみ)
株式会社富士通勤務後、神奈川県の小学校教諭として勤務。この間、子供達により良い授業を提供するためにネイチャーゲーム、グループワークトレーニング、ビジョン心理学、アートセラピー等を修得し、これらの実績を統合したグレースを設立。1994年にプレイバックシアターに出会い、今ではライフワークとして取り組んでいる。子供を対象としたイベントには劇団内でもリーダーシップを発揮してきたが、特に、学校にプレイバックシアターを持ち込む企画においては日本の先駆的存在。スクール・オブ・プレイバックシアター日本校、各種学校を始めとし、様々な団体に招聘されて指導中。 |
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秋山耕太郎(こうたろう)
大学時代に歌劇や朗読、演劇ワークショップのスタッフとして表現活動に触れる。 「演劇教育」をテーマにした卒論の研究過程で、プレイバックシアターと出会う。卒業後、小学校特別指導学級で働きながら、7年間音楽活動を行う。ラップスタイルのボーカリストとして全国ツアーを展開。同時に即興劇や集団創作劇を学び、表現ワークショップを主催する。現在、高等学校パフォーマンスコースにて講師を務めラップ、シアターゲームを担当。2007年3月プレイバッカーズ公演でテラー体験をし魅了される。2009年7月入団。 |
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猪瀬隆次(いの)
現在、東京都の福祉団体に勤務。趣味として、夏はテニス、冬はスキーと、身体を動かすのが好きで、10数年やっている太極拳は、初段で全国大会にも出場経験を持つ。1994年9月、知り合いに紹介されて、プレイバッカーズが初めて主催したプレイバックシアターの紹介イベントに参加。その折に「初めて自転車に乗れた時」のストーリーを語って感動したテラー体験は、今も語り草となっている。以来、メンバーとして参加しており、劇団員の中でも最古参の人気アクターである。 |
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川島理果(りか)
幼い頃から表現する事や物を創りだす事に興味を持ち、中学時代、文化祭で等身大の人形を製作し、劇を上演。高校時代は自主映画製作のため、クラスメイトとオリジナルのシナリオを共同執筆。シナリオの勉強のため、年間100本以上の映画を観ていた事も。2006年7月、団員の一人の紹介によりプレイバックシアターと出会う。以降、合宿、日本大会、スクールのコース等に参加。ますますプレイバックシアターに魅了され、2007年に入団。想いが凝縮され、言葉という音に変換される過程を大切にしていきたいと想っている。 |
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小森亜紀(あき)
中学生時代にプレイバックシアターと出会う。2000年、学生時代にミュージシャンとして入団。幼少時より音楽に親しんできた経験を生かして、気持ちや空気を音に変換することに歓びを感じてきた。その後も作業療法士として働きながら、ミュージシャン、アクターとして劇団の活動に関わる。2006年、結婚し夫の住む名古屋へ転居したため退団。発足したばかりのカンパニー、名古屋プレイバックシアターの指導にあたった。その後出産を経て神奈川へ戻り、2008年プレイバッカーズに復帰。現在、三女の母として子育て真っ最中。 |
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捧箸一男(さげ)
2000年にある団員からの紹介により、直感で春合宿に参加する。プレイバックシアターの「人の心の内側の出来事を体で表現する手法」に強い関心を持ち、数ヵ月後に入団する。男優不足の当時、短期間の団員速成教育に応え、アクターとしての基礎を習得した。普段は、人の心と身体を癒すヒーラーとして活動している。また、大学時代の合唱経験を活かし、イタリアオペラの発声法の習得に専念し、年に数回、タキシードを着て各地でコンサートに出演している。良く通る声は公演のステージ上での存在感を醸し出している。02年に退団後、05年に復帰。趣味はスキー、テニス、スポーツボランティア等幅広い。 |
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高橋江利子(えり)
学生時代は、広告研究会所属。シナリオやラジオCM制作に熱中する。10年間金融会社勤務後、企業研修講師へ。1994年プレイバックシアターに出会う。当初は、わけもわからず、携わっていたが、プレイバックシアターを通して、自分や人が変化していく姿に、興味を持ち、深く関わるようになった。2000年東京アナウンスアカデミー卒業後、Drama
Readingグループを主宰、声と体のレッスン、朗読劇の活動を始める。
02年から出産育児のため、休団。04年春、復帰へ。現在、プレイバックシアターで学んだことを生かした、子育てを実践中。仕事との両立を図っている。 |
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丹下 一(たま)
1978年、早稲田大学在学中より現代演劇の俳優として活動を始める。東西の古典や民俗芸能をベースしたものから即興演劇にも多数出演。全国各地をはじめ海外でも舞台活動。18年間、毎日新聞の縮刷版編集で国際情勢を担当。訪れた土地の歴史、料理、言語を学ぶことが趣味。1998年、プレイバッカーズの稽古を見て衝撃を受ける。2000年よりプレイバッカーズに参加。2002年には、スクール、ニューヨーク校に留学。プレイバッカーズの活動を通じて、全国各地をはじめ世界中の人と出会っていくことが大きな魅力となっている。 |
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藤得 顕(べ)
高校時代、市民劇団に所属し、芝居に没頭する。それが縁で、自然の中で子供と一緒に遊ぶグループと出会い、保育師を目指す。プレイバッカーズは偶然、ホームページを見て、合宿に参加した。初めて見る世界に驚きつつ、「即興」に興味を持つ。「人の気持ちを尊重する」という、プレイバックシアターのスタイルは、日ごろ、自分も大切にしたいと思っていること。 |
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プロの演劇人として活躍していきたいと真剣に考えている人、さらに、社会的な活動としてプレイバックシアターを楽しめる人、どうぞご連絡ください。お待ちしています。 |
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日ごろの何気ない動向を鋭く観察した、団員たちの「伝説」。
団員の新たな一面をご紹介させていただきます。 |
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