2000年11月4日【JDジャーナル】No.245


プレイバックシアター 「障害者と即興演劇の出会い」
劇団プレイバッカーズ代表 宗像佳代

プレイバックシアターによる変化

横須賀の精神障害者作業所パレッタのメンバーは明るい。そして、よく笑う。ここの所長から声をかけられて初めてプレイバックシアター(以下PT)を紹介した6年前、彼らは、おずおずと、鈍い反応しか返さなかった。以来、劇団プレイバッカーズの数人は、毎月一回、パレッタで即興演劇、PTを上演してきた。メンバーは、尊敬、共感、配慮、受容などを手に入れて次第に明るくなった。そして今、彼らは6年前とは別人のようである。
何故このような変容が起こったのか?「がんばれ、と言われなかったから。」「失敗や悩みは生きている限りついてくるけど、それを経て、人は深く、強く、優しくなるって思えたから。」「PTを始めて、そう思うようになり、気がつくと、自分の思いや気持ちをきちんと言えるようになっていた。」
こんな会話がパレッタの仲間から返ってきた。PTの効果について、彼らが私達に教えてくれた言葉の一部である。また、身体障害者とのPTの場合では、彼らは障害がある身体を可能なかぎり使って演技を楽しみ、笑顔を取り戻していった。
プレイバックシアターとは
PTは、1975年にアメリカのジョナサン・フォックスによって創られた。参加者が自分の体験を語り、それをその場で他の参加者が即興劇にする独創的な演劇手法である。一般市民(プロの俳優でない普通の人)が演技をするという発想の芸術的技法であるが、確立途中でサイコドラマに影響されたので心理学的要素も濃い。
現在、世界四十カ国の芸術、治療、教育分野で活用されている。日本には1984年に導入され、98年にはPT指導者養成を目的としたスクール日本校も創設された。

PTが大切にするのは
・「人は誰しも人間としての尊厳を大切にされるべきである。」残念なことに、今日の社会は、心や身体に障害を持つ人が充分に尊重されず、時には人としての尊厳さえ失われがちだ。しかし、PTでは、テラー(語り手)は全員の注目を浴び、体験や気持ちを聴いてもらえる喜びを得る。精神や知能に障害がある人や高齢者の話は、筋道が通らなかったり、幻想や妄想が含まれたりもするが、PTでは修正や否定をしない。また、身体障害者は、やっとの思いで自分の体験を打ち明ける。これらの語られた内容そのままが承認され、再現されるので、テラーは障害を持っていたとしても自分の存在は価値あることだと実感する。

・「人は誰でも他人の役立ちたいと願っている。」これから即興で演じようとしているアクターは、テラーの話を真剣に聴く。そして精神エネルギーが活性化した状態で即興演技に入るが、この心身が一致した表現行為がカタルシス効果をもたらす。さらに、演じ終わって涙するテラーに気づいたアクターは「誰かの役に立てる」「何かを成し遂げる」充実感を体験する。つまり自分の演技が人を感動させたことに、感動する。このように人のために演じようという気持ちを自然に味わえるような枠組みになっているのがPTであり、この枠組みが問題や障害の自然治癒に繋がるのだろう。

・「人は誰でも芸術的才能と創造力を備えて生まれる。」現代社会では特別の才能を持つ人のみが芸術家とされがちだが、PTは誰もが芸術性や創造性を発揮できるという前提にたつ。通常のコミュニケーションでは限界がある障害者がPTの舞台でアクターとなる時、彼らのしぐさや身振りに、はっと息をのむような輝き、美しさを見出す。みずみずしい感性、率直で偽りのない反応、いきいきと演じている姿ののびやかさ。

PTの社会的役割
障害を持つ人が誰かのために舞台で演じる。恥ずかしそうに、嬉しそうに、誇らしげに。それは「喜んで人に与える」という前向きな気持ちの表れであり、他人への愛の実現である。そして体と心と言葉の全てを使う表現は、自分と人をしっかり繋ぐ営みであり、社会復帰への立派な証である。障害をもつ人達の演技にうっとりとする時の私は、日常で見失いがちな芸術の原点を思う。また、人々が心安らかに生きられる社会への変容をめざすPTの可能性を思う。