1998年6月7日【ゆうゆう】




仕事探しクラブが就労支援のプログラムに取り入れた
プレイバックシアター

あなたの心を写す即興劇

「仕事探しクラブ」では、毎月二つのプログラムを行っている。ひとつは、社会人研修、もうひとつがプレイバックシアターというプログラムだ。
就労を支援するというこのプログラムの一端を紹介しよう。
神奈川で?一番安い作業所ということで、この二つのプログラムは、坂本青少年の家の一室を借りて行われる。
「プレイバックシアター」とは、ひとことで言えば、心を写す即興劇ということだろうか。「仕事探しクラブ」の第一作業所にあたる作業所「パレッタ」の所長をつとめる加藤房子さんから、「ぜひ、見に来てください」と誘われ、取材に訪れることにした。
私たちが取材に訪れたとき、シアターはもう始まっていたが、すぐに、その明るい活気のある雰囲気に巻き込まれていった。

四人が演じる「動く彫刻」とは?
 
プレイバックシアターその1、「動く彫刻」はこんなふうにすすむ。
舞台に見立てたスペースに「アクター」といわれる四人のひとがいる。このアクターが即興劇を演じる人たちだ。進行役のコンダクターが、「いまのみなさんの気持ちはどんなですか、聞かせてください」
すると、すかさず手があがる。
「僕は、昨日、ある会社のパソコンの入力試験に行ってきました。15分で入力しなければいけないという問題が出て、僕は17分かかってしまいました。試験に落ちて、がっくりして作業所に戻ってみると、みんながいて、僕を励ましてくれました。そのとき、くじけるもんかって勇気がわいてきました。」
「ハイ。では、そのときの気持ちをみてみましょう」
そのアクターが、次々とイメージがひらめいた順に演じていく。パソコン入力であわてている心理、時間が迫ってくる様子、間に合わないと焦る気持ちなど演じられていく。
思わず笑がはじける。みんな実に良く笑う。即興芝居が終わると、拍手が起こる。
「どうでしたか?」とコンダクター。
参加している人で、恥ずかしがっている人はいない。
アクターは、その人の気持ちを否定しない。共有することが大切だからだ。その気持ちを素直に受け止めて、そのままの感情を表現する。
この即興劇を演じるプレイバッカーズは、セミプロ集団で、ワークショップや定期公演もおこなっている。
思わず取材に来た私も、今の気持ちを聞かれてしまった。
私「プレイバックシアターって、どんなものかと思って、見学に来たんですけど、なるほど、こういうものかと少しわかってきました」
すかさず、「じゃあ、その気持ちを」と言って、即興劇が演じられていく。少し照れくさいけど、不思議に心がほんのりやわらかくなり、嬉しくなる。
あの日の時間を戻してくれる
 
次は、プレイバックシアターその2.ある日のエピソードをプレイバックして(戻して)演じる時間だ。 コンダクターが、Aさんのプレイバックして欲しい「ある日の出来事」をうまく聞きだしていく。「で、そのとき、Aさんはどう思ったの」 Aさんの話は、こうだった。まだ働いていた頃、一生懸命お金を貯めて、ぶらりと旅に出たことがあった。青森を回って、軽井沢へ、風まかせの旅だった。ところが、突然いなくなった息子のことで、家族は大心配。いつもの放浪癖が出たのかと思っていたが、気が気ではない。そんなころ、Aさんは軽井沢で、警察に保護されたのである。警察から電話があり、両親があわてて迎えに行く、Aさんは何も悪いことをやったわけではないので、それほど罪の意識は無い。実はとても腹が空いており、心配顔の母親に、いきなり「腹減った」の一言。親子で家に帰ってから、母がつくってくれた味噌汁の味が忘れられなかったという話である。 役をもらったアクターが、いま聞いたストーリーを、その場で即興的に演じるのだ。Aさんは、照れながら、ときには思い出すような顔をしながら、楽しそうに当時をふりかえる。 もうひとつのストーリー みんなの声をニュースに載せようと座談会を開くことになったが、司会が苦手なTさん。案の定、会はシーンとなり、誰もしゃべらない。みんなシラーっとしてしまい、困ってしまう。どうしようと悩むが、実はみんなも、心の底では、悩むTさんのことを心配していたことがわかり、Tさんはホッとしたという話。 その話をアクターが演じていくことで、あらためてTさんは、「一人だけで悩んでいたこと」「みんなは僕のことを思っていてくれたこと」を自然に学びなおしていく。

楽しくなって、スカッとする
 
最後は、もう一度「動く彫刻」になる。今度はメンバーたちがアクターになって一緒に演じる。神奈川県足柄市からお客さんで来ていた作業所メンバーのひとりが、「いまのぼく、とても幸せな気分です」と語った。
それに、アクションをつけながら表現していく。
「みんなの前で演じるって、恥ずかしくないですか」と、あとで、演じたメンバーに聞いてみた。
「最初は、とてもできなかった。」でも、そのうち恥ずかしいなんていう気持ちもなくなって、やってみようと思うようになった」
一度、やってみると、意外と楽しいことがわかったそうだ。
初めてプレイバックシアターを見た坂井さん。「わかりやすい。スカッとして、明るくなりました。みんな助け合っている雰囲気があっていいなと思った」
太田さんも、「とても感じがこもっていて、自分の気持ちが表現されるっていいですね」

人前でも自分の気持ちを言える
 
「仕事探しクラブ」のメンバーは、みんな若いし、家族のように仲がいい。明るくて、いつも笑いがあるという印象だ。まるで、「飛んでるオバチャン」のような加藤さんを中心に大家族で生活しているようだ。
加藤さんは、このプレイバックシアターの責任者と知り合いだった。すかさず、このプレイバックシアターという手法を就労支援のプログラムに取り入れようと思った。
「社会人になっていくには、人前に出たとき、自分の気持ちをちゃんと言えなくてはだめだし、その気持ちを表現できなくてはならない。SSTとかで訓練するという方法もしていますが、このプレイバックシアターも、一つの方法だと思います。人前でも大丈夫なように自信をつける。それも楽しみながら身につけていけるんですよ」と加藤さん。
このプログラムのいいところは、自分の思いや気持ちをきちんと言えるようになること。お互いの気持ちをみんなで安心して共有し合えること。
働きたいけれど、その一歩が出ない人が、訓練というかたちではなく、楽しみながらポジティブになれて、その一歩を踏み出す勇気がもてるようになること、ではないかと加藤さんは話す。
プレイバックシアターを体験してみて、確かに感じるところがあった。気持ちがほぐれ、うきうきしてくる。その不思議な雰囲気に飲み込まれ、自然に自分を表現していける。
芸術が持っている力とでもいうんだろうか。いい映画や素敵な芝居を観たときの爽快感に似た気分を味わうことができた。
百聞は一見にしかず。ぜひ生のプレイバックシアターを体験されることをお勧めしたい。